旅に行った記録。


by timetoki
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回天の島。

2007年9月23日。映画「出口のない海」を見て以来、訪れたかった島を訪れました。山口県大津島。ここは「回天の島」です。回天というのは、「天を回らせ時局を安定させる」との思いを込めて名づけられた「人間魚雷」です。魚雷に一人が乗り込み、命中率を上げるために作られたそうです。当然、脱出する術はなく、海の中に消えていった人たちが、かつて日本には本当にいた実感を得るために訪れました。回天で戦死したのは145人。平均年齢は21歳だそうです。当時の若者たちがなぜ、自ら望んで回天に乗って散って行ったのか。当時の雰囲気は「戦争反対」とすらいえない時代であったため、望んで散った人ばかりではないでしょう。こんなことはおかしい、人道的に間違っている、などと言えずにそのまま逝ってしまった人もいたでしょう。けれど、多くの人は「祖国を、大切な人たちを守るために鬼畜米英から日本を守ろう」と思いながら散っていったのではないでしょうか。戦後生まれの首相が誕生する今日になって、あたしはやっと戦争について真剣に考えることができました。

d0133295_22514220.jpg島の記念館には、回天の模型が展示されていました。ただただ黒い機械の塊にしか見えないその魚雷。


d0133295_22515323.jpg記念館の入り口には、回天で戦死した若者たちの名前を刻んだ碑がありました。一人だけ、花が添えられていました。遺族でしょうか。「大切な人を亡くした」人がここにもいるのです。


d0133295_22521674.jpg島には、いたるところに当時の基地の跡が残されていました。この階段は、当時の海軍兵たちが訓練に使っていた階段だとか。回天搭乗員たちは、来るべき日のために、訓練していたのでしょうね。


d0133295_22522928.jpg基地に行くまでの間には、トンネルがありました。回天を海まで運んだトンネルだそうです。わだちの跡がついていました。


d0133295_22523984.jpg行き着く先は、輝かしい未来ではなく、やがて必ず訪れる死。乗組員たちは、どんな思いでこのトンネルをくぐっていたんでしょう。


d0133295_22524915.jpg回天の発射場だそうです。その穴から見えた海は、たぶん、今と同じ青い色をしていたのだと思います。


d0133295_2253062.jpg海の底は、暗くて、でもなぜか温かい。彼らの沈んだ海につながる海です。


d0133295_22531096.jpg発射場は今は、釣り人たちが集う場所になっていました。魚をおねだりに来る猫にも、緊張感はありません。


d0133295_22532089.jpg島のあちこちに、アカガニがうろちょろしていました。はるか62年前も、この島にはきっとカニがいたのでしょう。


d0133295_22532948.jpgはるか62年前も、ウミネコは飛んでいたでしょう。変わらないのは、それだけです。

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by timetoki | 2007-10-03 22:53 | 山口